「はい、では明日の朝10時に伺います!」

電話の相手は大分県佐伯市にある企業の採用担当者。2005年に新卒で入社した就職情報会社で、営業職として6年間、企業の採用支援を行う仕事をしていました。配属先は九州支社(福岡県福岡市)。担当エリアは、福岡市内の他に、大分県、熊本県、山口県…と、神奈川県で生まれ育った私にはいずれも縁遠い地域でした。

「車で片道3時間…自宅を出るのは7時か。いや、途中で睡魔が襲ってくるから、休憩時間を見越してもう少し早めに出発した方がいいな」

現地で訪問できるのは4〜5社程度。帰社時間は20時越えが当たり前で、事務作業と次の日の準備を終えると、あっという間に終電の時間になるという日々。存分に働き、時に終電を逃しながら同僚やお客さんと飲みに行くのも仕事のうち。深夜12時過ぎにコンビニ弁当と缶ビールで夕食をすませるのもそれなりに楽しめていました。

「働くとはこういうことだ」と疑わなかったし、むしろ、そうでない人に対しては不信感すら持っていた独身時代。

20代中盤。若かったと言えばそれまでですが、「やるべきこと」=「仕事しかない」という価値観に縛られていたのかもしれません。あの頃に叩き込んでもらった社会人としての「いろは」には感謝しつつも、「働き方」に対しては偏った見解しか持つことができていなかったと、今になって痛感します。

しかし結婚後、その価値観が少しずつ変化していきます。まず、「夫の健康」や「いつか子どもを産むかもしれない自分の身体のこと」、家族として「やるべきこと(家事)」について真剣に考えるようになったことがきっかけでした。

共働きなのだから家事は無理をしないように…と思いながらも、1週間に一度で済ませていた部屋の掃除や洗濯ですらままならない。仕事にしても「やるべきこと」への責任感から「できていないこと」ばかり気にするようになり、すべてが中途半端になっていると感じるようになったのです。

「独身時代にはうまくいっていたのに…」お風呂に入りながら何度号泣したことかわかりません。「こうあるべきだ」という働き方が明らかにできなくなっている。でも、今までのような働き方に戻したいのか…それが理想とする働き方なのかさえ、分からなくなっていきました。

 

今思うと、あの頃の私は精神的に追い込まれていたのだと思います。一つとして楽に考えることができず、ストレスからよく泣く日々。同僚の中には、結婚・妊娠・出産を経験しても、立派に復職して活躍している仲間がいる…それなのに自分は、家の中に髪の毛や綿ぼこりを溜めている。人との比較は意味のないことと分かっていても、「なぜ自分だけできないのか」「今日も何もできなかった」と自分を責めてしまう。

すっかり疲れていたのかもしれません。
結婚から1年が経つ頃、私はお世話になった職場を去ることに決めました。

独身時代に築いてきた「昼夜を問わない働き方」や、「仕事=正社員で頑張っている人」という価値観を拭えないまま決めた退職。今振り返ると、何と短絡的で幼稚な見方をしていたのだろう…と思いますが、あの時の私は「自分の価値が下がったような劣等感」でいっぱいでした。

 

 退職後しばらくして、営業時代の担当先企業から「人事の仕事をしませんか」とお声がけをいただきました。中途半端になることが嫌で前職を離れたものの、「働くことへの意欲」は衰えていなかったのでしょう。今の自分に無理のない「働き方」を考え抜いた末、再び働きはじめます。そうして、仕事と生活のバランスが取れるようになってきたころ妊娠。産休・育休を経て復職することを決めました。

しかし、復職を心に決めながらも・・・そもそも、家事だけでなく育児もしながら仕事なんてできるの?勤務時間は?保育園は?平日も、子どもとの時間をつくれる?自分の時間も大切にできる?と、新たな不安を募らせていきます。

そして気がつけば、どんな仕事でも、責任を果たしながらやりがいを感じていたい。毎日楽しく活き活き輝いていたい。それができないとしたら、何のために働くの?資格も突出したスキルもない中、ずっとこの働き方で良いの?自分らしく生きる(=働く)姿を娘に見せられる?と、次から次に、「このままで良いのだろうか」とう思いに苛まれるようになったのです。

妊娠を機に「母親」という新たな役割(仕事)を意識するようになったからでしょう。「子どもや家族との時間を大切にしながら、自分らしい生き方(働き方)で人の役に立ちたい」という思いはどんどん高まっていきました。

そうこうしているうちに生まれた、愛娘。
待望の赤ちゃんとの生活は、楽しくも大変で。
予想通り?いいえ、予想をはるかに超える壁を実感しました。

 

「子育てと仕事・・・どうすれば両立できるのだろう?」

 

そんな私が、「自分らしい生き方」を模索する中で出会ったのが「ベビーマッサージセラピスト」という仕事でした。

友人に誘われて参加した地域のベビーマッサージ教室。その時に出会った先生に、プロとしての誇りとやさしさ、力強さを感じた私は「これだ!」と全身が震えるような感覚を持ちました。「この仕事、この働き方なら、今までにないやり方で人の役に立てるかもしれない」そんな期待で胸がいっぱいになったことを覚えています。

そこからの決断と行動は早いものでした。あの時の先生と同じようにセラピストの資格を取得し、ベビーマッサージの教室「Mahalo!」をスタート。自分自身が思い描いた働き方を実現するということはもちろん、「来てくださった方に、子どもへの愛情や家族への感謝を実感してもらいたい」という思いでベビーマッサージ教室を運営しています。

会社で働くことだけが仕事ではない。
十人十色の働き方がある。
そして、誰もが自分の仕事に誇りを持っている。

そんな大切なことに心から気がつくことができた今、私もようやく「自分らしく生きる」スタートラインに立てたような気がしています。

 

つづく

過去の記事

おせっかい隊:吉水 幸江(よしみず さちえ)

ロイヤルセラピスト協会指定スクール・Mahaloベビーマッサージ教室 認定講師

ベビーマッサージを通して、娘に対して「愛おしい」と感じられたことの喜び、そしてそのような気持ちにさせてくれた娘に“ありがとう”と改めて感じたのがベビーマッサージ教室を始めるきっかけでした。感謝という想いが「自分から子へ」「自分から夫へ」「自分から家族へ」「自分から親へ」「自分から自分を支えてくれている人たちへ」…。そしてその相手がまた別の相手へ…。私は、この「Mahalo」で、愛情を感じる幸福感の共有と、この「感謝」の連鎖を作っていきたいと思っています。ベビーマッサージとは赤ちゃんへの効果のみならず、こうした家族愛の奥深さも感じられる素晴らしいものだと考えています。

◼︎Mahaloベビーマッサージ教室
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