褒め方や叱り方、しつけの仕方など、さまざまな「やり方」情報で溢れる子育ての世界。⚪︎⚪︎式や⚪︎⚪︎メソッド、⚪︎⚪︎教育など、子どもたちの可能性を伸ばす理論や方法は確かに存在しますし、それを実践している親や、子どもと関わる仕事をしている親などを目の前にすると「できる親」という印象を持つ方もいるかもしれません。

保育士や学童指導員として働いてきた自分も、こう見えて?子どもを授かる前から「できる親になりそう!」と周囲に期待されたものです。しかし、いざ「親」になってみて思うことは「できる親を目指す必要はない」ということ。

私たち親が思う「できる親」は、子どもたちにとって好ましい親なのでしょうか?今回は、そんな問いの先にあった「私が親として大切にしたいたった一つのこと」をご紹介します。

「できる親」という呪縛

仕事柄、自分の子どもが生まれるずっと前から、乳幼児〜児童までの多くの子どもたちとその保護者(主にママさん)に関わってきた私には「できる親にならなければ」という妙な責任感がありました。

それは、「やのっちは、いつでもパパになれるね!」という周りからの声と(ありがたいんですけどね^^;)、「子どもというものをそれなりに知っている」という自負心からくるものだったように思います。また、子どもたちのことを、可愛い・好きと思える自分が「できる親」になれないはずがないという気持ちもあったかもしれません。

 しかし、現実はそんなに甘くもなく…奥さんから「子どもが出来た」と言われて以来、徐々に大きくなるお腹と共に「できる親」になるべく準備を進めていった私ですが、いざ生まれてからというもの「よその子と自分の子の違い」に翻弄され、「そもそも親とはどうあるべきか」と悩み戸惑うなど、数々の困難に直面することになったのです。

親になったということへのプレッシャーも強かったのかもしれませんが、一番は「これが親」と言えるほどに自分の中で定まっていない中で、周りの親たち…特に「できる親(に見える人)」と自分を比べてしまっていたことに原因があったのだと思います。

 

そうした中で浮かんできた一つの疑問。

「子どもは、自分が思うような"できる親“を望んでいるのだろうか」

…思えば、子どもの頃から自分の親を「できない親」などと思ったことがない私。もっと言えば、「できる・できない」などの尺度で測ったこともないわけで。記憶の中には、日々仕事で忙しく私と遊ぶ時間がなかった父の姿と、優しすぎるぐらいにわがままを聞いてくれた母の姿だけが残っています。

私が知らないだけで、周りからみれば疑問符がつくような親だったかもしれません。本人たちも、私が思う以上に親としての悩みや葛藤を抱えていたのかもしれません。それでも、私にとっては「最高の親」であり「最高の家族」だった。そんな記憶に思い至ったのです。

子どもと一緒につくりあげていく「親」という姿

「自分が目指している親の姿と、子どもが望む親の姿は、もしかすると少し違っているのかもしれない」

…「できる親」という呪縛の中にいた私ですが、このように思うようになって以来、気持ちがとてもラクになりました。何かと比べて「できる」「できない」などと思い悩まなくていい。よその子と自分の子が違っているように、よそと自分たちとでは「親」としての姿もまた違っている。何より、「親」とは、自分たち(親)だけでなく「子どもと一緒に」創り上げていく存在!だって私たちは、子どもが生まれて「親」になることができたのだから。

 

子どもはよく大人を見ています。本心や本音をしっかり見極めようとします。建前やその場しのぎの対応は、通用しませんし、そこに「本当の関係性」は創られていきません。

 だからこそ私は、自分たち(親)だけで「親」を語るのをやめることにしました。子どもの存在や想いを大切にしながら「親」になっていくことが大切。今ではそんな風に思っています。

 頑張って産んでくれた奥さんの横で、はじめてわが子をこの手に抱いたあの日、あの時のことを忘れずに。自分一人でもなく、奥さんとだけでもなく、子どもと一緒につくっていく「親」という姿、そして「自分たちなりの家族」というカタチこそ大切にしたい。

 私たち(親)が思う「最高の親」ではなく、将来、子どもから「最高の親・家族だった」と思われるような親・家族を日々目指していくこと。それが、「私が親として大切にしたいたった一つのこと」です。

 

つづく…

過去の記事

おせっかい隊:矢野 浩樹(やのひろき)

久留米大学卒業後、独学にて保育士資格を取得。学童保育、保育所、子育て支援など子どもに関わる仕事を経験。現在も子どもや家族、青年達の支援や活動をメインとしている。
また「完璧な親なんていない!」NPファシリテーターとして子育て中のお母さん達に向けての子育て講座や多方面に渡り活躍中。西日本新聞ネット版「FanFunFUKUOKA」では、既に100を越えるコラムを書き、今も発信中!奥さんと3歳の娘、そして17年1月に第二子の息子が生まれ、日々子育てに奮闘中!!