夫婦・家族としての道を選択したとき、何が見えてくるのだろう。結婚、妊娠、出産、育児。「私」だけでなく「私たち」だから描ける、「今」そして「未来」とは?

第3回目は、福岡県久留米市にお住まいの栗原家を取材。「結婚を決めた理由」、4歳になる陽衣(はるい)ちゃんと、1歳を迎えたばかりの明誠(めいせい)くんが生まれてからの「働き方と暮らし方」、「夫婦のパートナーシップ」について、ご夫妻それぞれに話を伺った。

縁は異なもの味なもの

「かわいい人だな…って。最初から気になっていましたよ」と少し照れくさそうに話す夫の康幸(やすゆき)さんの隣で、「私は何とも思っていなかったんですけどね」といたずらっぽく笑う妻の咲子(さきこ)さん。

大手化学メーカーに同期で入社した栗原夫妻。しかし、技術職の康幸さんと事務職の咲子さんが職場で言葉を交わすことはあまり無く、入社式初対面の時に同じ高校だと知り少々盛り上がったくらい。たまに集まる同期の仲間の一人という関係でしかなかった。

そんな二人を結びつけたのは一体何だったのか?

「高校時代の恩師を訪ねた際に『同じ会社に栗原がいるのか、そりゃあいい。あいつは良い奴だぞ』と言われて。横浜・富山・広島…と、転勤の多い家庭で育ってきているので、これも何かの縁なのかも、と。それがキッカケですね。急に興味が湧いて、意識するようになりました」と咲子さん。

なんと、高校時代の恩師の一言がキッカケで二人は急接近。
康幸さんは予想外の応援を得て、咲子さんとの交際に漕ぎ着けたのだ。

「人に好かれる人間性が彼女の魅力。あとは、自分の生まれが広島で、サッカーはサンフレッチェ広島の大ファンなんですが…そうした趣味を一緒に楽しんでくれるのも嬉しかったです。この先もいろんな時間を共有できる2人でいたいと思いました」と康幸さん。

付き合い始めてすぐに結婚を考えはじめるようになり、半年後にはプロポーズ!

入社から3年、交際から1年。お互いに「この人と一緒にいたい」と気持ちが通い合う中、咲子さんも快諾。二人は、九重にあるくじゅう花公園で結婚式を挙げた。「お花畑で結婚式ができたらいいな」という咲子さんの願いは、康幸さんとの誓いの中で叶えられたのだった。

嵐の前の喜び

そうしてはじまった、築60年越えの社宅での新婚生活。

夏は暑く、冬は寒い住環境。お風呂の後に夕飯とビールを堪能して眠りにつきたい康幸さんと、夕飯の後にお風呂に入ってそのままぐっすり眠りたい咲子さん。

住まいの欠点やお互いの生活スタイルの違いを感じながらも、結婚後すぐに分かった「新しい命」が、二人の絆を固く結び付けていた。

一方で、妊娠初期には康幸さんに異動の辞令が出て、単身赴任で2ヶ月もの間家を空けることになり、その数ヶ月後には康幸さんに転勤の辞令が出るなど、身重の咲子さんには、何かと落ち着かない状況が続いていたのも事実。

幸いだったのは、康幸さんの転勤先が咲子さんの実家がある「千葉」に決まったことだろう。実家の近くで出産・育児ができる…という勤め先の配慮もあったのかもしれない。咲子さんは、康幸さんから2ヶ月遅れで千葉へ引っ越し、そのまま「産休」に入った。

そこから3ヶ月後。

陣痛促進剤を合計9本打ち、予定日を2週間過ぎたところで、康幸さん立ち会いのもと、咲子さんはようやく第一子となる長女の「陽衣(はるい)」ちゃんを出産。

「母の太陽のような笑顔と父の包容力を引き継いでほしい」
「太陽のように大きくてあたたかな存在、人を包み込む優しさのある人に育ちますように」

ありったけの夫婦の願いを込めた名前がつけられた。

太陽のような笑顔が消える時…

喜びと希望に満ちた親子3人での生活。仕事もプライベートも尊敬し合ってきた夫婦関係を基盤に、互いに協力しながら子育てと仕事の両立に取り組んでいけるはずだった。

しかし、そう簡単にいかないのが「子育て」というもの。

数時間おきに授乳やオムツ交換を行い、ミルクの吐き戻しで汚れた産着や布団を1日に何度も洗濯する。まとまった睡眠がとれていないせいか、なんとなく身体がだるい。何をしても泣き止まず、何時間も抱っこしたままあやし続ける。ちょっと眠った隙に、洗濯物を干したり畳んだり。自分の食事もお手洗いも何もかもが後回し。あっという間に日が暮れて、息つく間もなく夕飯の支度に取り掛かる。この後はお風呂に入れてあげなくちゃ…。あぁ、また泣き出した。

そんな毎日が繰り返される「産後のリアル」を咲子さんも例外なく体感。

「娘のことは大好きなんです。でも、自由に外出もできない。一所懸命お世話をしてもずっと泣かれる。家事も育児も誰にも評価されることも感謝されることもない。だんだんと身も心も疲れてしまって…」

子育てには喜びや楽しみだけでは語れない側面もあることを痛感する中で、咲子さんは少しずつ孤立感を強めていった。

一方、夫の康幸さんは?というと、新しい職場でのプロジェクトに没頭!「父親になったら、家のことを母親に任せきりにせず家族みんなで進める」という思いを持ちながらも、念願だった海外での仕事に関われるタイミングが重なり、咲子さんや家庭の状況に目を向けるゆとりを失っていた。

「妊娠や出産を経て、赤ちゃん中心の生活を過ごす中、私自身は母親としての自覚や決意を固めていきました。でも夫は一向に変わらなかった。仕事を理由に相変わらず遅く帰ってくるし、生活スタイルもこれまで通り。子どもが生まれて半年経っても、父親としての自覚が芽生えていないと感じていました」と咲子さん。

赤ちゃんは一人で育つわけではない。毎日お世話をする人がいて、育っていく。その重責を一人で担っている状況を、咲子さんは一番身近な存在であるはずの夫に理解してもらいたかったのだ。

しかし、康幸さんは咲子さんからの度重なるアラートを見過ごしてしまう。
 

そして、ついにその瞬間が訪れた。


「このままなら・・・離婚よ!」

 

出産から半年。
辛さと孤独と夫への不満の中、咲子さんは限界に達し爆発!

太陽のような笑顔が消えた瞬間だった。

大切なことを、ちゃんと話そう

「衝撃でした。妻が何か不満を感じていることは態度で分かっていましたが…まさかそこまでとは。"離婚"という言葉にようやく『やばい!』と気がついたんです」

真剣な表情で当時を振り返る康幸さんの横で「今思えば、産後クライシスだったのかもしれませんね(笑)」と咲子さん。添えられた太陽のような笑顔に、場が一瞬にして和んでいくのが分かった。

それにしても二人はどうやって"夫婦の危機"を乗り越えたのだろう。咲子さんの爆発を機に、康幸さんは「本気で変わる努力をはじめた」というが、人はそんなに簡単に変われるものだろうか。

康幸さんの期間限定の転勤が終わり、親子3人で福岡の社宅に戻ってきたある時のこと。こんなやりとりがあった。
「育児も家事も、もっとやってほしい」と、ストレートに伝えた咲子さん。それに対して康幸さんから思わぬ一言が返ってきた。
「どういう風に、どこまでしたらいいのか分からないんだよ」

えーっ・・・思わず、「それくらい自分で考えてよ!」と言ってしまいそうなところだが、咲子さんは冷静だった。

「何をしてほしいのか、具体的でなければ伝わらないことが分かったんです。それに、『折角頑張っているのに口出ししたら悪いよね』と夫は遠慮していたこともこの後のやりとりで分かって。ちゃんと言葉にしていくことが大切だって気がつきました」

どうやら変わる努力をしたのは、康幸さんだけではなかったらしい。咲子さんもあの一件以来、康幸さんとの新しい関係に向けて自分を変えていく努力を続けていたのだ。

 

そうして二人が編み出した方法が「家族会議」だ。
何か問題が起きた時、不安や不満を感じてしまいそうな時ほど、二人はとことん率直に話し合う。

夜ご飯を朝から仕込んでおいたら楽になるんじゃないか。
洗濯は妻、料理は夫と役割分担をすればスムーズになるんじゃないか。

そんな風に、まず家族会議で「仮説」を立て、1ヶ月単位で「実行」。その後、効果を「検証」し、うまくいけば「継続」。ダメなら「修正」をし、お互いが納得するまでPDCAサイクルを回し続けるのだ。

 

「夫婦だからわかるはず」と期待したりプレッシャーを与えたりせず、お互いに言葉を尽くして理解し合う。一方が我慢をすることで帳尻を合わせるのではなく、一緒に変えていけるよう努力する。そうした丁寧なコミュニケーションを積み重ねる中で、二人は再び信頼関係を結び直していった。

広がる「夫」の活躍の舞台

こうして新たな夫婦の協力体制が作られていく中、咲子さんは約2年に及ぶ産休・育休期間を終え、職場復帰を果たす。長女の陽衣ちゃんは保育園に通うようになり、久留米市内に新居を購入することも決まるなど、栗原家は新たな一歩を踏み出しはじめた。

そうした中で判明した「二人目」の妊娠!復職から4ヶ月後という状況に咲子さん自身驚きながらも、笑顔で祝福してくれる職場の仲間に助けられながら妊娠期を乗り越え、第二子となる長男の明誠(めいせい)くんを出産した。

「笑顔で明るく、真っ直ぐな心で未来を切り拓いていく人に育ってほしい」
「父の真っ直ぐな姿勢、母の未来に向かう推進力を引き継いでほしい」

名前には、長女の陽衣ちゃんと同じように夫婦の願いが込められた。

賑やかに始まった親子4人での生活。
とは言え、平日の昼間は相変わらず母子家庭状態を脱さない。

生まれたばかりの長男のお世話と、赤ちゃん返りをした長女の相手に追われる咲子さん。日中夫が働いていれば当然の状況だが、「母親がこんなしんどい思いをするなら子どもは増えていかない」と思うほどに、ゆとりのない日々を送っていた。

「愛情も幸せも二倍。でも産後の自分のケアまで手が回らない。結局、身も心もズタズタでした」

まさか二度目の爆発が!?と思ったところで康幸さんが一言。

「産後3ヶ月目から3週間、仕事の繁忙期を超えたところで育休取得に踏み切りました。二人目を授かったときから『育休取って!』と言われ続けていたのもありますが、爆発は阻止できましたよ(笑)」

なんと、康幸さんは育休を取得。「俺、育休取る必要ある?」と迷いながらも、働き方や家庭への向き合い方を変化させていくための、具体的な一歩を踏み出したのだ。

「我が家の家事・育児の負担軽減も目的の一つですが、それ以上に、育児に理解のある上司や職場を増やしていきたい…という思いがあって。夫には、将来的に"イクボス"になってほしかったので育休取得を勧めました。『実験台になる』と挑戦してくれた夫と、職場の皆さんや上司の方々には感謝しかありません」と咲子さん。

そんな期待を飛び越えて、康幸さんの家事・育児力はメキメキと向上。1日3食の料理と後片付け、離乳食の準備、食料品の買い出しやお弁当作りに至るまで、進んで力を発揮し始めたのだ。

「新しい家になってから、まともにキッチンに立ったことがないかもしれない…」と話す咲子さんの横で「育休前から朝食だけは担当していました。でも、朝昼晩に関係なく、食事に関する家事は自分が担当した方が家族皆の効率が良くなることに気がついたんです」と続ける康幸さん。

何をしたらいいかわからない。育休取る必要ある?…と言っていた人が、ここまで変わるとは!

「妻にゆとりができたこと、子どもたちの将来を妻と一緒に考える時間が増えたこと。仕事を効率的に進められるようになったこと。育休で得られたことはたくさんあります。職場の仲間たちが一緒にチャレンジしてくれたのも嬉しかったですね。一切、仕事の連絡をしてこないんですよ。こちらが焦るくらいに(笑)でも、ありがたかったです」と振り返る康幸さんの表情は晴れやかだった。

一人ひとりが主役の家族

今、栗原夫妻はそれぞれに新たな局面を迎えている。

「自分たちが暮らす地域でも活動したいです。身近な誰かのために自分の力を役立てたい。」と咲子さん。
「仕事で経験を積みたい時期かな…責任ある仕事に挑戦していきたいです」と康幸さん。

お互いに、家庭だけでなく職場や地域の中でも「やりたいこと」と「やるべきこと」を「やり遂げる」ために、咲子さんが短時間勤務で職場に復帰することを夫婦で選択。子どもたちも保育園での生活をスタートさせたのだ。

"短時間勤務=妻"という風潮がある中で、それをそのまま受け入れるのではなく、「私たちの場合は…」と二人できちんと話し合い、納得できていることが大きいと話す栗原夫妻。

互いの気持ちを尊重し合えている実感があるのだろう。
気負いの無い柔らかな空気が、二人の間に流れていた。

こうした日常に対する咲子さんの感慨は深い。

「入社から1年が経った頃、仕事も恋愛もうまくいかず“うつ病”と診断されたんです。誰の役にもたてていない…と、当時の私は完全に自信を失っていた。そうした時間を経て結婚し、二人の子どもを授かりました。人は支えてあげて、支えてもらって大きくなる。夫も妻も、親も子も。親になり、人と人が関わって生きていくことの大切さを感じるようになりました。今私が再び『やりたいこと』に出合い、前に進めるようになったのは家族のおかげです。私を救ったのは、夫と子どもたち、そして親になった私自身でした」

康幸さんと陽衣ちゃん、明誠くんと一緒に創り上げてきた「家族」。その中で咲子さんは、自分を信じ、一歩を踏み出す勇気を取り戻していったのだ。

子育てをしていると、大なり小なり「やりたいこと」を諦めざるを得ない場面に遭遇する。一にも二にも子どもを優先して行動することが増え、必然的に自分のことが後回しになる。

でもその状況を、一人で抱え込まずに一緒に乗り越えられる人がいたら?やりたいことを応援してくれる人がいたら?それが、身近な「パートナー」だったら?

どんなに幸せで、心強い気持ちになれるだろう。

「一人ひとりがやりたいことを応援し合える家族でいたいね」
「私たちが一番大切にしているのは家族だよね」

妻の離婚発言、家族会議、夫の育休取得と試行錯誤を重ねる中、ようやく足並みをそろえることができた栗原夫妻。これからも、「家族」という共通価値を真ん中に、思いやりに溢れる夫婦関係を育んでいくことだろう。

やりたいことを「尊重」し合いながらも、お互いが大切にしていることの主語を「私たち」として言える夫婦は強い。そんな二人の元で成長していく陽衣ちゃん、明誠くんの未来が楽しみになる取材であった。

おまけ

取材後、咲子さんから「夫に愛されていることが良く分かりました(笑)前よりも更に絆が深まった感じがしています。これからは私も夫の優先順位を上げていきたいです!」という素敵な連絡をいただいた。

第三者に話すことで「感謝の気持ちや愛情」を確かめ合うきっかけができたのかもしれない。

康幸さん、良かったですね!

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